人魚がドレスに着替えたら

美しい自然がいっぱいの、アメリカ・オレゴン州に住んでいます。 手芸が大好きで、今はせっせと着せ替え人形を作る日々です。 出来上がった人形の紹介や日々の出来事、庭に遊びにくるリス友の様子など、いろんなことを綴っています。

タグ:ドリアン助川著


今日は、昨日の本の「実践編」の紹介なのだ。
この本もずっと「パパ語」で書かれているので
心の準備が必要なのだ。
「パパ語はもういや!」って言う人はここでやめて
どこかにお出かけするといいのだ。 
きっと、とってもいい気分転換になるのだ。
ついでにおいしいラーメンも食べてくるのだ。🍜🍜🍜
IMG_20230617_094851この本では、著者が選んだ10章を掘り下げ
(「老子」は全部で81章に分けられているのだ。)
彼の体験談等を交えてわかりやすく解説しているのだ。
私のように、老子的生き方を目指していても
現実は真逆を行ってしまっているなんていう人には
色々と励まされる内容なのだ。

では「道= TAO 」とはそもそも何なのか?
そこから行ってみようと思うのだ。
TAO とは・・・この宇宙をならしめている力、
存在の全てを司る仕組みや存在そのものの事、
自然とその摂理、それを支える全エネルギーの事。
まあこんな感じの巨大すぎる仕組みの事なのだ。
ありとあらゆるものは TAO と共にあり、
我々は途方もなく大きな力に支配されているのだ。
なので自然の摂理に逆らわずに生きれば(=無為自然)
苦悩もなくなり幸せを感じられるようになるのだ。

例えば、花たちはどんなに美しく咲いたとしても
時期がくれば散って、次の開花の準備を始めるのに
人間だけが、咲いた花(成功、若さ、名声など)を
絶対に枯らすまい手放すまいと悪あがきをしては
TAO からどんどんどんどん離れていく事になり
結果色々な苦しみを味わっている訳なのだ。

また、桜の木が毎年桜の木として花を咲かせる事が
まさに TAO に適ったあり方であるように、
我々も自然が与えてくれた自分自身を大事にして
ずっと「自分」で生きていくことが TAO なのだ。
自分以外のものになろうと無理をしたり
自分ではないものに憧れてしまったりする事が
何よりも我々を苦しめる原因なのは明白なのだ。
何事を為すにしても、時間が掛かる事を忘れずに
あらゆる教えは最初から自然の中にあるのだから
余計な心配はせずに、いつもレレレのレーで行くのだ。
「ちょっとあの人バカっぽいね?」と人に笑われても
他人の人生を生きるよりもずっとずっと幸せなのだ。
本当に本当にこれでいいのだ。

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これで「老子=TAO」の話は終わりなのだが、
時々スイッチが入ったら、また「パパ語」で
「老子」の話をしたいと思っているのだ。
私は熱しやすく冷めやすい性格なので
「老子熱」も長くは続かないかもしれないのだが、
「いつも心にTAOなのだ!」をモットーに
これからは生きていこうと決めたので(笑)
「老子」の教えを綺麗さっぱり忘れてしまうとか、
そういう事はこれからはきっとないと思うのだ。
無理せずのんびり行くのだ。これでいいのだ。



今日のリス友なのだ。またモッフーなのだ。
毎日のようにクルミをもらいに来てくれるのだが、
私の手からクルミをくわえて取ろうとする時に
私の指に前脚を軽くのせる時があって、
いつもその前脚の肉球がひんやり冷たくて(笑)
私はその度に胸キュンなのだ。
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(人形の紹介はないのでごめんなのだ。)

一応動画も作っているのだ。


LINEでレレレのレーなのだ。



こんな本を読んでしまったのだ! 
この本に敬意を表して今日は「パパ語」でいくのだ。
IMG_20230617_094712そうなのだ、この本は「老子」について書かれた
ウナギイヌもぶっ飛ぶすごい本なのだ。
すごい本なのだが「パパ語」がずっと続くので
「バカボンパパや『パパ語』がとにかく嫌い!」
って言う人にはただの拷問でしかないので
全くオススメしないのだ。レレレのレーなのだ。
でもちょっとぐらいの拷問ならいけるかも?
と言う人には絶対にオススメなのだ。

実は私15年前のある時期、老子にハマってしまい
何かというと「老子はこう言ってたらしい」と
蘊蓄を垂れたりするとてもウザい奴だったのだ。
ウザい奴だったのだが、老子の説く「道(TAO)」が
あまりにも深遠すぎてその後遠い目になってしまい
真の「道(TAO)」もほとんど理解できないまま
ウザい奴をやめてしまっていたのだ。

そして時は流れ老子の事も「TAO」の事も忘れていたら
ある日突然こんなすごい本に出会ってしまったのだ。
そうなのだ、Amazonで見つけてしまったのだ。
きっとこれは運命なのだ。絶対にそうなのだ。
私は間違いなく「TAO」に導かれたのだと信じて
すぐにお金を払ってこの本を買ったのだ。
私、正直に言うとまだ「TAO」の本質を理解したとは
到底言えず、道半ばですらないのだ。
それぐらい老子の説く「道(TAO)」は果てしなく、
壮大で深く宇宙と一体化しているので終わりがないのだ。

なぜ私が老子にこんなにも惹かれているのかと言えば
私が理想とする生き方が老子そのものだからなのだ。
しかし、現実の私はその理想とは真逆を行っていて、
人に何かしてあげると「ラーメン奢ってちょうだい。」
とついつい見返りを求めたくなるし、
ちょっとでも何かがうまく行ったりすると
「すごいだろ!どうだまいったか!」と自慢したくなるし
いつも自分ではない者になりたがってあがいているし、
もしも老子がお巡りさんだったら、私は即逮捕なのだ。
とても残念な生き方なのだ。号泣なのだ。
でも、そんな残念な人でもTAOを求め続けていけば
TAOの方から近づいて来てくれるらしいのだ。
朗報なのだ!諦めずにTAOを求め続けるのだ。

と、ここまで読んで、もういい加減何が何やらと
疲れて来てしまった人が多いのではないかと思うのだ。
私も老子についてはうまく説明する自信がないので
もうこれは本を手に取り読んでもらうしかないのだ。
私はこれを読んで何度も何度も号泣したのだ。
「私の求めている生き方がやっぱりここにあった!」
と改めて心から嬉しくなったからなのだ。

老子が「道(TAO)」について書き残したのは
今から2400年くらい前の事らしいのだが、
彼についての記述で一番詳しいのが
あの(!)司馬遷の書いた「史記」のようなのだ。
( 「悟浄出立」の中の司馬遷 )
その時代でも老子の考え方はなかなか理解されず、
彼自身が孤独を感じながら生きていたらしい事も
「老子」を読むとよく伝わってくるのだ。
孤独は人間の永遠のテーマなのだ、きっとそうなのだ。
でもTAOの中で生きていれば、その孤独すらも
自然がくれる心地よい風のように感じられてきて
きっと大丈夫になるのだ、不思議なのだ。


今日のリス友なのだ。モッフーなのだ。
人間の小賢しさなどを一切持っていないリス友達、
彼らこそが「道(TAO)」を体現して生きている
素晴らしいお手本であるのだ。我々の先生なのだ。
静かにこうべを垂れ、真摯に教えを乞うのだ。

「よろしい。ではまずはクルミの大盛りなのだ。」
IMG_9132(今日は残念ながら人形の紹介はありませんなのだ。)


動画も作っているので観るのだ。


LINEで更新のお知らせが届いてびっくりなのだ。

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